2010年7月 1日
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「夏の節句」七夕と天領祭り
日本には、四季という素晴らしい気候風土があります。
そして、それを生かした文化・風習もたくさん残っています。
そのひとつが、季節の節目となる「節句」の日です。
節句とは、もともとは中国大陸から伝わった暦が合わさってできたもので、日本の生活に合わせてアレンジされていくつもの節日があったそうですが、そのうちの5つを江戸時代に幕府が公的な行事・祝日として定めたのが五節句といわれるものです。
◆五節句◆
●人日(じんじつ)|1月7日、七草
●上巳(じょうし/じょうみ)|3月3日、桃の節句、雛祭り
●端午(たんご)|5月5日、菖蒲の節句
●七夕(しちせき/たなばた)|7月7日、たなばた、星祭り、竹・笹
●重陽(ちょうよう)|9月9日、菊の節句
ここで面白いのが、1月7日の人日(じんじつ)以外は、奇数が重なることです。奇数は陰陽五行で言うと、「陽」ですが、重なることにより「陰」になります。そこで、陰を避けるための避邪(ひじゃ)の行事が行われたのが、節句になったとも言われているのです。
節句には、季節の旬の植物から生命力をもらい邪気を祓っていたとされ、日本の農耕を行う人々の風習が合わさり、定められた日に宮中で邪気を祓う宴会が催されるようになったそうです。
ただし、1月だけは1日(元旦)を別格とし、7日の人日(じんじつ)を五節句の中に取り入れ、春の芽吹きの七草を食べ邪気を祓ったのです。
今月は、その五節句のひとつ、七夕です。
◆倉敷の七夕、今昔◆
七夕の風習は各地でいろいろと違います。
倉敷でもきっといろいろな風習があったと思いますが、筆者の小さい頃は、朝一番に田んぼ(あるいは畑)に行き、大きなハスの葉の上に溜まっている露を上手に集めて、その水で墨をすり、短冊に願いを書いたものです。そうすると、習字が上達すると祖母に言われていました。
そして笹飾りを見ながら、そうめんより少し太い冷や麦を必ず食べていました。
改めて調べてみると、昔は七夕の時に、健康を祈り素麺の元となった、「索餅(さくべい)」と言うお菓子が食べられていたそうです。索餅は熱病を流行らせた霊鬼神が子どもの頃好きな料理で祟りを沈めるとされていて、やがて索餅は舌触りのよい素麺へと変化し、七夕に素麺や冷や麦を食べるようになったそうです。今でも、七夕には素麺をよく食べます。
◆倉敷の七夕祭り|美観地区の七夕(7月7日〜11日)◆
倉敷伝建地区をまもり育てる会が中心となり、七夕祭りをしています。
昨年は100軒以上の店舗や家で七夕飾りをしました。
その時の七夕飾りが並ぶ風景写真などを提供して、平成22年度都市景観大賞「美しいまちなみ大賞」の栄えある賞を受賞しました。
笹は、阿智神社の竹を使わせてもらい、地域の人も、訪問客も夏の風物詩を満喫できる行事です。
◆倉敷の七夕祭り|酒津公園の七夕祭り(7月3日、4日)◆
春には、桜の花見客で賑わう酒津公園で、子供会連合会が主体となって賑やかに開催されます。特に、酒津の用水が天の川のようにキレイに浮かび上がり、大勢の人で賑わいます。
◆第40回倉敷天領夏祭り大会|7月24日 9:30~21:30◆
主なイベント/16:00~
七夕が過ぎると梅雨もあけ、あちらこちちで夏祭りが行われます。
特に賑やかなのが「倉敷天領夏祭り大会」。倉敷中央通りを中心に繰り広げられる夏の一大イベントです。
音楽隊パレードをはじめ、勇壮な天領太鼓の演奏、総勢3000人以上の踊り手が参加する「代官ばやし踊り」やロック調の「OH!代官ばやし」などが繰り広げられます。
そして、倉敷のまちにも本格的な夏がやってきます。